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【コラム】「佐藤亜美菜」と「AKBのムスカ大佐はだれか」をめぐる私論

AKBにおける佐藤亜美菜のポジションは面白い。
彼女を軸にしてAKBが見えてくる。
それを証明していこう。

まずは『ラピュタ』から。

1986年に公開された『天空の城ラピュタ』は、鉱山で働く少年パズーと、ラピュタ王家の血を引くシータの二人を軸に展開されるファンタジーアニメだ。天空の城ラピュタの謎を解く飛行石をねらう盗賊のドーラ一家、同じくラピュタ探索の野心に燃えるムスカ大佐らを加えて物語が展開していく。
冒頭から登場する主人公パズー、敵に追われるヒロインシータ、そしてラピュタによって世界征服を企むムスカを悪役に当てはめつつ、『ラピュタ』を構成する七つの「機能」を下記のように並べてみる。

パズー/シータ/飛行石/ドーラ/伝説/ムスカ/ラピュタ

物語の登場人物を「機能」によって分類するという手法は、
プロップの『物語論』とそれを簡略化したグレマスからの借用である。
プロップはロシアの魔法物語の登場人物を「主人公」「敵対者」などといった「機能」によって分類し、
それぞれが担当する役割を「行動領域」と呼んだ。
登場人物たちは自由に動けるわけではなく、その行動は限られた領域にとどまる。
こうした機能は必ずしも人物たちと一対一で対応するわけではない。
複数の人間が敵になったり、一人の人物が複数の役割を担当することもありうる。
「パズー=主人公」「ムスカ=敵対者」「ドーラ一家=補助者」「シータ=送り手」と
当てはめていくことができるが、パズーが追い求める「客体(対象)」は
時にシータであり、時にラピュタであり、時に亡き父の思い出である。

そしてロシア魔法物語とジブリアニメの最大の違いは、
登場人物がその「機能」を自在に変化させていくことにある。

たとえば「客体」であったシータは物語の後半から「主人公」へと役割を変え、
「敵対者」であったはずのドーラ一家も仲間に加わる。
世界征服という明確な目標をもったムスカに比べて「主人公」たちの目的は曖昧であるのも特徴だ。

こうして一見すると登場人物たちは明確な役割をもっているように見えながら、
物語のなかでさまざまに機能を変化させていくことになる。
これがジブリ作品の魅力でもある。

便宜的に並べた登場人物たちの「機能」を、
音楽理論的に「音の響き」としてとらえ直してみよう。

C/D/E/F/G/A/B

いちばん分かり易いCメジャーコード「ドレミファソラシド」である。
Cを軸にすることで、明るく楽しい響きがする。

しかし、これを「ラ」から弾いてみるとどうなるか。

       A/B/C/D/E/F/G

「ラシドレミファソ」と弾いてみると、
楽しい物語は一変してAマイナーという物悲しい雰囲気を発する。
ひとつの音階にはこのように弾く場所によって長調にも短調にもなりうる。
これを平行長短調と呼ぶ。
主軸をずらすことによって同じ音階が楽しくも悲しくもなるのだ。

これを『ラピュタ』の登場人物にあたえれた「機能」に応用してみると、
下記のように転回することが可能である。

ムスカ/ラピュタ/パズー/シータ/飛行石/ドーラ/伝説

物語の登場人物は本質的に二項対立である。
ここでは「主人公」と「敵対者」の位置をそっくり入れ換えることで、
物語の「主軸」をずらしている。
主人公は冷徹で世界征服を企むムスカ大佐その人である。
敵対者はドーラ一家、パズー、
客体はシータであり、飛行石であり、ラピュタである。
敵に奪われた「とらわれのお姫様」を助けるのは、ここではムスカ大佐のほうだ。

本来ならば敵であるはずのムスカ大佐に視点を移すと、
楽理同様やはり物語のトーンがとたんに悲劇性を帯びてくる。

子供のころにラピュタに魅了され、いつかラピュタの謎を解き明かそうと野心に燃えていた少年が、
ある時自分のがラピュタ王家の末裔であることを知り、
さらに同じ王家の血をひく少女の存在を知る。
ラピュタ古代文字を読解するほどの知性を身につけ、
32歳という若さで大佐にまで上り詰めたムスカは、ついにラピュタ探索の指揮をとる。
盗賊にシータを奪われ、彼女をとりもどしつつ念願のラピュタ城を目指す。

女性の扱いが下手なことと、ヒロインが若干ぎることを除けば、
むしろこちらのほうが近代小説的で夢のある物語にみえてくる。
パズーは突然あらわれてヒロインを誘惑しさらっていく疎ましい存在である。
物語の最後はひとりの男の栄光と悲惨が、ラピュタ城崩壊とともに描かれていてすばらしい。
『リア王』やそれを元にした黒沢明の『乱』のような滅びの美学がある。

彼がジブリアニメで主人公になれなかった最大の理由は、
ムスカ大佐が「大人」だったということだ。
宮崎アニメにおいて大人は「絶対に」主人公になることはできない。
主人公になれるのは子供かブタだけである。
そうした意味でもムスカは二重に悲劇的であった。


もう一つ例をだそう。


『深夜特急』で知られるスポーツライターの沢木耕太郎は、
2007年の甲子園野球決勝についてこう語っている。

その年の甲子園はいつにない盛り上がりを見せた。
公立校である佐賀北高校が快進撃をつづけ、
広陵高校との決勝戦では逆転満塁ホームランによって優勝した。
佐賀北高校は甲子園のヒーローとなって、だれもが惜しみない拍手を送った。

沢木はこの決勝戦を見終えたあと、広陵高校の野村投手の名前が頭から離れなかったという。
そして彼は「広陵高校の視点からこの決勝戦を書いてみたい」と言った。

決勝戦、広陵高校の四点リードで迎えた八回裏、
野村はたてつづけのフォアボールで、あっという間に塁を埋めた。
繊細なコントロールでミットに収まった球は、すべてボール判定を受けた。
三つ目の四球を出した最後の球は文句のない低めストレート。
しかし審判はボールと判定した。
そのとき、野村はおもわず苦笑した。
そして、満塁ホームラン。逆転。

日本中が熱狂するなかで、
広陵高校に視点を移してみると、
甲子園決勝がまったく異なった物語に感じられる。
しかし同じ時間、同じマウンドで起きたひとつの物語であることに変わりはない。
広陵高校の野村からみるとすべてが違って見えるというだけだ。

沢木はそんなもうひとつの物語に強く惹かれたのだった。



さてここからが本題である。

先述した二つの例にならって、AKB48について考察してみよう。
AKBには魔法物語の登場人物のような明確な「機能」は存在しないが、
各々のメンバーがもつ印象はまったくことなる。
印象とはつまり「音の響き」のことである。
AKB発足時より活躍する初期メンと研究生ではその印象に大きな違いがあるだろう。

便宜的に下記のように七人のメンバーを並べてみる。


前田/北原/板野/柏木/高城/亜美菜/横山


これを初期メン前田を筆頭にしたCメジャーの明るい響きと定義してみる。
初期メンを軸にしたAKBの最もスタンダードな配列だといえる。


では、これを柏木を軸に並べかえてみるとどうだろう。


柏木/高城/亜美菜/横山/前田/北原/板野


第二回総選挙で八位という、トップ集団の下位に位置する柏木がセンターに押し出されたことで、
いつものAKBとは異なった華やかな印象になる。

柏木はフレンチキス、チームPBでもセンターを任されているが、
AKBという総体のなかでの主軸に置き、さらに柏木/亜美菜/前田という三和音を形成することで、
これまでのAKBとはまったく異なった新鮮な響きを生み出している。
さらにセブンスに板野を加わることで味わいはよりビターになる。

そしてこれを「A」の位置ポジションに位置する佐藤亜美菜から並べてみよう。


亜美菜/横山/前田/北原/板野/柏木/高城

どうだろうか。

とても新鮮ではないだろうか


AKB48の軸を亜美菜に置いてみるだけで、
これまでのAKBの概念を根柢から覆えすような印象が生まれる。

このように佐藤亜美菜を主軸においてAKBを見ている人物が他にもいる。
『別冊宝島AKB48推し!』で佐藤亜美菜を担当した都筑浩氏(放送作家)は
「ある時から佐藤亜美菜を軸にAKBを見る」ようになったことを告白したうえで、
亜美菜が「AKB48という“企画”を最も体現している存在」だと結論づけている。

AKB劇場を主体に活動をつづけ、第一回選抜総選挙でメディア組を押し退けての八位という
奇跡的なシンデレラストーリーを体現したにもかかわらず、
『言い訳Maybe』のPVに彼女の姿はほとんど映っていなかった。
都筑氏はそんな亜美菜に新鮮な驚きを感じている。
モー娘。が「頑張れば報われる」物語だったのに対し、
AKBの面白さはこうした「頑張っても報われるかどうか分からない」ところにあり、
それゆえに彼は亜美菜を軸にAKBを見るのである。

AKBの中ではAマイナーというもの悲しい響きを発している亜美菜ではあるが、
今年に入ってからの亜美菜はニコニコ動画『あみなとニコニコ』配信に始まり、
常連のオールナイトニッポン、そしてラジオ日本での初の冠番組など、
かつてないほど多彩な活動を繰り広げている。

自分の夢と豪語するラジオパーソナリティをしているときの亜美菜は、
AKBの中位グループに埋没しているよりも、
ずっと明るく輝いて見える。

それはきっとCメジャーの「影の主役」としてのAマイナーではなく、
亜美菜を主役ににしたもうひとつのAメジャーの物語なのだ。


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先日はメールありがとうございました!
仕事が忙しく、もはや何も語る資格のない在宅ですが、機会があればぜひお会いしてみたいと思っております。
物語論のパースペクティブは私も非常に興味がありました。とてもユニークな論展開で楽しく拝読させて頂きました。

む君さん

コメントありがとう!
長い文章なのに読んでくれてとてもうれしいです。
なかなかテーマが定まらないんだけど、
今はいろんな理論をあてはめつつ試行錯誤してる段階です。
荒っぽい論理展開はおゆるしください笑

お仕事いそがしそうですね。
む君とはいつかゆっくり語り合いたいものです。
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