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バンジージャンプと『ネ申テレビinマカオ』

バンジージャンプの起源はバヌアツ共和国ニューヘブリディーズ諸島にある、
ペンテコスト島で行われていた通過儀礼「ナゴール」にある。

日本でも罰ゲームとしてすっかりおなじみのバンジーだが、
本来は少年が成人男性として共同体にむかえ入れられるための通過儀礼であった。
行為それ自体よりも、その行為を通して、
主体をめぐる環境が明確に切り離されることが通過儀礼の眼目である。
とりわけ儀礼においては「痛み」「恐怖」「苦痛」などを伴うことが多い。

調べてみると日本でも米俵を担いで橋を渡るとか、
いろいろとユニークなものがある。
当然こうした通過儀礼に「失敗」することもあって、
家族で村を出たという話もある。

さて、
バンジージャンプは天空を目指す「上昇」とそこからの「落下」という、
非常に魅力的な要素をはらんだ加入礼である。
しかも単なる受動的な儀礼ではなく、
塔の上から最後の一歩を踏み出すのは自分の「勇気」だけというのがとてもすばらしい。
「最後の一歩を踏み出す」というのがここでは比喩ではないのだ。
自分の意志で一歩を踏み出して、そして大人になっていく。

足を縛り付けられただけの状態からの落下は当然ながら
すさまじい恐怖をもたらすものだし、
安全性が確保され「スポーツ」となった今でもそれは変わらない。
それどころか建築技術の発達によって
「ナゴール」からは想像もつかないほどの高所からのバンジーが可能になっている。

日本におけるバンジー受容で興味深いのは、
バラエティが「罰ゲーム」つまり恐怖を与えることを主な目的にするのに対し、
いくつかの番組においては「勇気」を示すことに力点が置かれていることである。

高所からの落下などだれも好んで「やりたくない」ことであり、
それにはどうしても「動機づけ」が必要になる。
「罰ゲーム」ではもちろん「罰」として、
「勇気をしめす」ことは番組の企画上の「ムチャぶり」といった体裁で行われる。





さて前置が長くなったが、
どうしてバンジージャンプについて考えていたかというと、
2010年12月26日に初回放送された
「AKB48 ネ申テレビスペシャル〜プロジェクトAKB in マカオ〜」
をいまさらながらYoutubeで視聴してとても感動してしまったからだ。

出演は秋元才加 仁藤萌乃 峯岸みなみ 横山由依 北原里英 宮崎美穂 山内鈴蘭

「失われた自分の名前を探す旅」という企画も、
最近のAKBの番組のなかでは良いほうだったと思う。
最後にメンバーたちはマカオタワー(338m)からのバンジージャンプ(233m/世界最高)を飛ぶことで、
自分の名前をとりもどす旅が終わる。

ただ勇気を示すという「バンジーのためのバンジー」ではなく、
厳しい「試練」を乗りこえることによって「達成」を得るという、
かつての民族的通過儀礼に近い演出になっている。
そしてその試練とはバンジージャンプによって「勇気を示す」ことである。

詳しくはYoutubeのこちらの動画を見て頂ければわかるが、
少女たちが示す勇気に思わず涙してしまう方も多いのではないか。

くりかえすが「勇気」は本来成人男性こそが示すものとされてきた。
しかしAKBメンバーたちは
本来ならば「男たち」がさらされるはずの恐怖におののき、
「男たち」が見せるはずの勇気を示す。

その姿は人の心を打つ。

もちろん全員が飛べたわけではないが、
その姿勢は充分に賞讃に値するものだった。

特に仁藤のメンタリティはAKBメンバーのなかでも飛び抜けて高いものだし、
山内は15歳ながらも思い切りのよさと強い気持ちがある。



こういうことの繰り返しがAKBなんだろうなと思った。

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