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マクロスF 劇場版 ネタバレ感想編


あまり熱心なマクロスファンじゃないので、大まかな感想だけ。ネタバレ含みます。

劇場版前半はTV版の総集編かと思いきやほぼオリジナルの前半、そして後半はまったく異なったストリー展開に。音楽の菅野よう子様は言わずもがな、戦闘シーンも圧巻。映画館の最前線で一度見てみたいと思った。TV版初期には素人同然だった中島愛(ランカ・リー)がものすごく成長した。

ランカとアルトが初めから知り合いという設定にして出会いのシーンを省いたりと、物語がすごいスピードで展開していく。冒頭のランカ・リーのライブシーンは文句のつけようがないほどの出来映え。アニメが物語を見せるだけじゃなくライブパフォーマンスでも観客を魅了するという、全方位的な芸術になっていく黎明期を見ているような気分になった。映画のトーキー時代に回帰しているようにも見える。最近だと『ハルヒ』や『けいおん』のライブシーン。マクロスにおいては坂本真綾の歌唱力と、菅野よう子のすばらしい音楽があってこそ。

さて「三角関係」というのがマクロスFの一つのテーマとして物語を動かしていたが、最終的にアルトがどちらの女性を選ぶかというのが一つの見所となった。予告編でも花嫁の後ろ姿が一瞬だけ映し出されたりと期待を十分に煽っていたが、結論をいってしまえば最後に選ばれたのはシェリルだった。

遠藤綾さん演じるシェリル・ノームは魅力的な大人の女性で人気歌手。気が強く闊達で、アルトを振り回しながら魅惑していく妖艶な女性。対するランカ・リーは子供で、中華屋の娘からスターダムを掛けあがっていく。不器用ながらもランカはついにアルトへの恋心を告白する。

私的な予想ではランカを選ぶと思っていた。たとえば宮崎アニメで繰り返しでてくる「大人の女性」対「少女」という構図では、少女に軍配が上がるというのが通例だからだ。『未来少年コナン』では「工業国」対「農業国」というように、大人の女性はいつでも近代、邪悪の象徴として描かれてきた。『もののけ姫』ではエボシ対サンの対立は「文明」対「自然」の構図になる。単純に主人公が子供という以上に、日本のアニメにおいては「大人の女性」というのは対立する「少女」の引き立て役として登場する事が多い。

にもかかわらず、アルトはシェリルを選んだ。純粋で無垢なランカの姿はアニメ文法の「少女」そのもので、妖艶な女スパイシェリルは「大人の女性」だ。どうしてランカは選ばれなかったのか。

決め手となったのはアルトに幼少期のころの記憶が不意によみがえったことだろう。シェリルはかつて、歌舞伎役者だったころのアルトに会っていた。そのときの小さな女の子がシェリルだと気づいたアルトは、何の迷いもなくシェリルを選択する。

記憶のなかのシェリルの幼さが、子供である目の前のランカの年齢をさらに「下回った」ことが勝因なのだ。

しかし、ここで物語は急転する。アルトがシェリルに愛の告白をしたその瞬間、アルトは爆発で消し飛び、シェリルは意識不明におちいるのだ。そして物語はアルトの失踪を伝え、昏睡状態のシェリルの姿をうつしたまま終焉を迎えるのだ。

ほんとうに舞台から去るべきだったのはランカ・リーだ。三角関係の敗者は静かにその場から立ち去るしかない。ひとつの者を二人が奪い合った先にあるものは、敗者の退場しかない。それは『タッチ』のように死を伴うか、転校、失踪という形をとるか。いずれにしろ物語から「立ち去る」ことによって物語を完結させるというトリックスターの役割を担うのだ。

しかし結果的にはランカが残り、めでたく結ばれるの二人が退場した。愕然としたファンも多いかもしれない。しかし二人は「過去の記憶」という物語の外側で結ばれてしまったがために、その代償として行き場を失ったともいえる。男女の三角関係に「過去の清き思い出」を持ち出すことによって恋愛を成就させるという禁じ手をつかうことによって、物語世界からの退場を命じられたと見ることもできる。その代償ははたして高くついただろうか。
アルトは失踪し、シェリルは眠り姫となって生き続ける。二人が永遠に漂い続けるのは、物語の周縁にある記憶の断層にちがいない。


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