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アイドルの「近さ」を巡る論考

アイドルの「近さ」を巡る論考


アイドルは「近く」なったといわれる。本当にそうだろうか。
確かに握手会や新興アイドル/地方アイドルの乱立によって、物理的にアイドルとファンの距離は近くなった。握手会をはじめとする「接触」は文字通りアイドルとファンが手の皮膚を接したゼロ距離を意味するし、小規模のライブハウスはステージまでの距離が極端に近い。最近では積極的にアイドルが客席にダイブし神輿のように担ぐと聞いている。これ以上距離が縮まれば、もはやゼロがマイナスになってしまうのではないか。これは性的な意味ではない。たしかにこうしてみるとアイドルとファンの距離は「近く」なったかに見える。しかし、それだけをもってアイドルの近接性が増したとはいえない。

映画からテレビへと娯楽の場が移行していくなかで、テレビは視聴者に3つの錯覚を与えた。空間、時間、一対一幻想である。1920年代に映画とラジオが広く普及し、さらにテレビメディアが登場すると、こうしたメディアが人々の心に引き起こした反応はマクニールがいうように「ふだん人々が面とむかって接触するときのそれと似たもの」であった。つまり、遠く離れた場所で録音された映像をあたかも至近距離にいるかのように錯覚し、それがリアルタイムであるかのように感じられる。さらに視聴者がテレビに対するとき、それがブロードキャストであり数万人もの人々がが同時視聴していることを忘れ、自分と一対一で対面しているかのように錯覚する。テレビの登場は人類にかつてない新鮮な体験を与えたのである。国民が豊かになり、テレビが爆発的に普及し、やがて各部屋にテレビが一台ずつ置かれ、さらにVHSの普及によっていつでも好きなときに動画が再生できるようになると、こうした錯覚は強化された。「消費の時代」とよばれた80年代の日本がそうである。
テレビのなかで毎日お茶の間に現れる人々は、こうして視聴者にとって限りなく「近い」ものになった。アイドルとは何よりもこの「近さ」を感じさせる存在である。マスメディアでありながら、視聴者にかつてない「近さ」を錯覚させる。(「アイドル領域」の記事のなかに80年代のアイドルはすでに充分すぎるほど「近い」存在であったことを書いているものがあった。手元に資料がないので、日本にもどってから引用しよう)

テレビメディアによって視聴者にもたらされる錯覚を一言で表すなら「親近感」である。頻繁にメディアに登場し、笑いを誘うような仕草や、プライベートな会話によって、こうした親近感が育まれる。そして市川考一の言うように、アイドルとはなによりも「親近感」をもたらす存在だった。しかし、前述したように、この親近感は「錯覚」なのである。なぜか?
当然ながらテレビに出ている芸能人に対し、我々は紛れもない他人であり、この両者の間には埋まらない溝がある。しかしあたかも今、目の前に、自分だけのために出現しているかのような錯覚を引き起こす。そのため、道端で偶然出会った芸能人に対して、一般人があたかも親しい友人のようになれなれしく接するという悲劇が起こる。しかし芸能人にとって、視聴者は赤の他人である。メディアによってのみアイドルに接しているかぎり、こうした現実は露見することなく、こちらがわの一方的な親近感によってすべてが多い尽くされる。毎週楽しみに聴いているラジオのようなもので、そこには安定した関係が築かれている。メディアがブログやメールに変化しても同様である。物理的には一緒に暮らす親兄弟のほうがはるかに「近い」が、赤の他人であるアイドルに対してより「近さ」を感じてしまう。毎日テレビ、ラジオ、ブログ、モバメによってファンに情報を送り続ける彼女たちは、ファンにこの「近さ」という錯覚をもたらす。この親近感がアイドルのひとつの大きな特徴である。

こうした「親近感」が不意にゆらぐ瞬間がある。それはまさに「親近感」という錯覚が露呈する瞬間において、つまりファンがアイドルに物理的に「近づく」瞬間である。皮肉なことに、物理的にアイドルに「近づく」ことによって、それまで抱いていた一方的な親近感が動揺し、「遠さ」を意識することがある。かつてのテレビアイドルがファンと適度な距離を保ち、こうした錯覚を意識させない「近い」存在であったならば、現代アイドルは物理的な近さによって現実世界の「遠さ」を自覚させる。

この意味において、アイドルとは近づくほど「遠く」なり、離れるほど「近く」なるという厄介な存在であるといえる。

現代アイドルに象徴的な握手会は、ファンにとってアイドルとの間の「距離」を意識させる場である。自分が彼女たちの情報を一方的に所有し、数ヶ月から数年、毎日のように接し続けているのに対し、彼女たちにとって自分は完全に赤の他人である。さらに自分よりも親密にアイドルと接するファンとの比較によって、こうした「距離」はより一層明確に知覚される。また、前述したように、ファンによっては自分の錯覚にすら気づかず、あたかも顔見知りのクラスメイトに接するかのように初対面のアイドルに非礼な行動をとってしまうことがある(握手会でよく報告される)。また、それまでメディアで一方的に抱いていた親近感やイメージが、現実に彼女と対面することで打ち崩される。
握手会やライブの意義は、メディアにおける「親近感」という「錯覚」をうまく解消し、現実のそれとうまく結びつける場を提供することにあり、実際にアイドルと対面するなかで、メディアでの錯覚を微調整していく。個人的な過去の体験で恐縮だが、かつてももクロDVDなどで盛り上がっていた自分が、実際のライブに参戦することで彼女たちとの言いようのない距離を感じ、また他のファンとの距離も同時に感じ、自分もまた多くのファンの1人にすぎないのだと実感し、やはり家でDVDを見るだけで充分だなという気持ちになった。これもまライブという物理的な「近さ」のなかで心理的な「遠さ」を自覚してしまった一例だろう(ちなみに著者はモノノフではない)。
いわゆるアイドルが「売れ」て、テレビで見ない日はない、という段階にまで達すると、こうした「親近感」という錯覚が常態化して、いわゆる「人気者」になる。ただ著者のようにテレビを持たない/まったく見ない人間にとっては、彼女たちは遠く離れてしまった存在である。いわゆる在宅オタとよばれる人々、ファンでありながらライブや握手会にほとんど興味を示さない人々は、アイドルとの距離をとることによって精神的な「近さ」を保っているように見える。

現代のアイドルはネットの普及によって、従来のようにマスメディアに頼る必要がない。地下アイドル、地方アイドルなど、マスメディアへの露出が少ないアイドルにとって、毎日視聴者の眼にふれることで親近感を抱いてもらうことは不可能である。しかし、多くの新興アイドルがUSTREAMなどによる動画配信、ファンの携帯電話に直接アイドルからメールが配信されるサービス(もちろん有料の一斉送信メールであるが、一日に数回、まるで友人にメールするような口調でメッセージや写真を送ってくる)、個人ブログ、Twitterなどを活用して情報を発信している。もはやテレビや雑誌といった旧来メディアを介することなく、しかも旧来メディアよりもはるかに頻繁かつ親密にファンにメッセージを送ることで、親近感という錯覚を与え続けることができる。たとえこうして得られた親近感が錯覚だとしても、互いに顔見知りになり、会話する中で知己の間柄になったとすれば、その親密感はもはやただの錯覚として切り捨てることは難しくなる。(ここにはアイドルとファンという特殊な関係性の中でだけ成立する「親密さ」というもうひとつの重大な「錯覚」が潜んでいる。これはまた考察する)。いずれにしても、小規模アイドルにおいては、メディアによって抱いた親密性という錯覚を現実の場で、まさに現場において、リアルなものへ折り合いをつけていく。

アイドルがやがて現場を離れマスメディアで活躍するようになる。ファンによっては、失われた物理的な「近さ」を、他のアイドル現場によって回復するか、そのままマスメディアが提供する「近さ」という錯覚へと回帰していく。しかし多くの場合には、現実の距離感を把握してしまったあとで偽りの近さへと戻ることは難しく、他の現場へと回遊していく事例が多いのではないか。錯覚は気づいてしまえばもはや錯覚ではない。

さいごに。メディアの発達によって、人々は地理的に離れながらコミュニケーションを取れるようになったかに見えたが、現実には反対に、メディアが発達するほど人々が物理的にコミュニケーションをとる必要性が増えているという皮肉を、エドワード・グレイザーは都市における近接性を例に挙げて論じている。つまり現在までのところ、いくらネットメディアが優れているとはいえ、実際に一対一でコミュニケーションすることのメリットは大きいということだ。メディアによってアイドルを知れば、彼女たちと物理的に近づきたい、ライブや握手会に行ってみたいと思うのは道理であるし、現場に赴くことではるかに多くの情報を知ることができる。しかし、たとえば自分の好んでいたアイドルの方向性が変わり、多くのファンがつき、大規模コンサートを挙行し、物理的にも心理的にも「遠く」く感じるようになれば、やがてそのアイドルから離れ、居心地のよい距離をもとめてさまよう。こうしてファンは距離に遊ぶのである。


市川考一 『人気者の社会心理学』学陽書房 2002
ウィリアム・H・マクニール 『世界史』 中公文庫 2008 p340
エドワード・グレイザー『都市は人類最高の発明である』 エヌティティ出版 2012

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