スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【コラム】AKBというバブルについて。

AKBというバブルについて書きます。

前回のニホンモニターの記事からの続きで、
http://tokyo48.blog.fc2.com/blog-entry-130.html
NMBからの一連の騒動の総まとめになります。
いろいろありましたがこれで最後です。

さて、
「AKBはバブルである」と書くと、
いつかはこのブームも去ってしまう……、
と悲観的になってしまいそうですが、そうではありません。

慶応大学の経済学者、櫻川昌哉さんの
「経済を動かす単純な理論」という名著があります。


彼はバルブをこう定義しています。

それ自体の価値は非常に低いのに、なぜか高い価格で取引されるとき、その財をバブルという

もっとも身近なバブルとは「貨幣」です。
それ自体は20円程度で刷られる1万円札という紙切れが、
1万円分の価値をもち商品と交換できるとき、
9980円分の差額を「バブル」といいます。
貨幣だけではなく国債、土地、絵画、宝石についても同様です。

なぜこうしたバブルが成立するのかというと、
日本という「国家」がその価値を保証してくれているからです。
国家に対する信頼が、ただの紙切れを1万円もの価値を持ったものとして通用させています。

政治的、経済的に安定した国の貨幣は、
そうでない国の貨幣よりも高い価値を持ちます(ドル不信から円高になるように)。
政治力、軍事力などを総合した「国家の権威」がバブルを支えています。

さらにもう一つ。
バブルにおいては「将来にわたって価値を持ち続ける」とみんなが信じていること非常に重要です。
多くの人が将来に価値がなくなると思えば、
その時点で現在の価値も失われます。
将来的に価値が下がるとわかっている土地は誰も買いません。

さて、
ここからAKBの話に入っていきますが、
ぼくはアイドルというのもある種の「バブル」だと思ってます。
作業仮説を立ててみましょう。

ひとりの女の子が「ある権威」の下で「それ以上の価値」をもって輝くとき、これを「アイドル」と呼ぶ。


AKBオーディションに合格して入ってくる女の子たちは、
当然ですが、どこにでもいるただの中高生です。
それがひとたびAKBに所属することによって、
彼女たちが本来持っている以上の魅力価値を与えられます。
これがバブルです。

普通の女の子が「アイドル」という制度に取り込まれることによって、
きらきらと輝き始めるのです。
それままるで魔法にかけられたようなものです。

AKBにおいては、
AKBにまつわるさまざまな物語、安定したイメージ、歴史などが、信頼を生み出し、
彼女たちの価値を支えています。
われわれが国家を信頼しているように、
ファンがこの物語を強く信じているからこそ、
彼女たちは本来持っている力以上の魅力をもって輝きます。

それをまるで自分自身に価値があるかのように勘違いしているメンバーが増えてきているのも、
やはり事実だと思います。
AKBという権威の後ろ盾があるからこそ、
彼女たちはアイドルとして輝くことができるのです。

前編でも書きましたが、
AKBが発足当時から一貫して保ち続けてきたイメージは
「夢に向かってひたむきにがんばる女の子」です。
たとえキレイごとのように聞こえても、
ファンはそれを信じて応援してきたわけです。

女の子も年頃になれば
恋のひとつもしてみたいけれど
生憎そんな暇もない
Dream'girls


チーム4「僕の太陽」公演が発表されてから、
やたらと『Dream'girls』の歌詞が引用されていますが、
AKBという信頼がゆらぐと、こうした歌詞までもが胡散臭くなり、
ひいてはそれを歌っているメンバーの価値まで損なってしまいます。

それはAKBという物語の危機であり、
その物語に保障されたアイドルというバブルの危機です。
だからこそスキャンダルというのは致命傷なのです。
というのも、
バブルという魔法が解けた瞬間に、
彼女たちは「ただの女の子」に戻ってしまうからです。

それは本来の彼女たに魅力が乏しいという意味ではありません。
彼女たちの実力よりはるかに大きなものを、
作り手もファンも、バブルとして上乗せしているということです。
「アイドルは〇〇〇をしない」という形で表現されるものがその典型です。
ファンが見たいのは「普通の女の子」ではないのです。

AKBを卒業または解雇されて、
普通の中高生に戻っていったメンバーはたくさんいます。

だからこそメンバーはAKBに所属している間に、
個人としての価値を高めていかなけばいけません。
それはグラビアかもしれないし、俳優かもしれないし、ラジオパーソナリティーかもしれません。
つまりはAKBという権威、アイドルという権威がなくても、
個々人として輝ける力を身につけるということです。
もっとも、
そういった動機からAKBに入ってくる研究生がどれだけいるかはわかりませんが。

もしくはずっとAKBに所属しつづけることで、
あくまでもAKBメンバーとしての魅力を上乗せされたまま芸能界で活動することも可能です。
その場合はAKBの存亡にすべてが左右されることになります。

さてさて、
AKBメンバーのアイドルとしての価値を保証しているものが、もう一つあります。
それは「AKB劇場」です。

AKBの活動は6年目に入りましたが、
ファンの多くがAKB劇場は長期的に存続する、
つまり「将来にわたって価値を持ち続ける」と確信しているかぎり、
劇場がメンバーの魅力を担保しつづけます。
一時的に価値が下がったとしても、
まだ「おいしくなれる」という希望があるかぎりは、
AKBの価値が暴落することはないでしょう。

大事なことは、たとえ虚言であっても、
ファンに「AKB劇場はこれからも続いていく」と言明しておくことでしょう。
そうした安心がやがて信頼となって、
AKBメンバーの価値を保障してくれます。

運営が早くから「AKB10年計画」を打ち出していたのは、
AKBという価値を守る上で非常に重要だったと思います。
いつ終わるかわからないようなアイドルグループは、
それこそ船からネズミが大量に逃げ出すようにファンも離れていきます。


メンバーが「成長していく」姿を見守るというのは、
換言すれば彼女たちが「魅力を増していく」過程を見守るということです。
ただの女の子がアイドルとして輝くだけではなく、
彼女たち自身が魅力を増していく課程を見守る。
公演のパフォーマンス、MC、演技力などが飛躍的に成長するのを目の当たりにしたとき、
そこにはいつも新鮮な驚きがあります。
そして成長と比例して、バブルもまた増えていきます。
バブルとは期待値の総量でもあるからです。
「のび白」が今の彼女たちをよりいっそう輝かせます。

早いうちから目をつけて応援していれば、
それだけ「おいしいく」なれる余地があるというわけです。
研究生を早いうちから応援していく楽しさはそこにあります。

一方で「これ以上応援してもおいしくなれない」と思えば、
当然ながらファンは付きません。
もっと「おしくなれる」物件を探して飛びつくでしょう。
そういう意味で、アイドルというのは非常にシビアな世界です。

AKBメンバーが価値を持ち続け、成長していくためには、
AKBという物語をきちんと守っていく必要があります。

この物語が消滅したとき、
あとに残るのは大量の「魔法の解けた女の子」なのですから。

コメントの投稿

非公開コメント

No title

相変わらず素晴らしい文章でした。
普通の女の子が成長していくこと自体が「AKB48」であり、その象徴が「前田敦子」ですから、彼女は永遠のセンターなのだと思います。
人気があるとかないとかそういう次元ではないのだと思います。

ほんとAKB48とは良くできています。
秋元康の才能は恐ろしいです。

みな誰しも成長したいと思っており、それを手助けるするのがAKB48。ただし、それはあくまでもサポートであって、最後はその子次第。いかにチャンスを掴めるか。そしてそのチャンスをどのような形にするか。

文中にある通り、そういう中で本物になれるかどうかが、生き残れるかどうかということになるんだと思います。

AKB48を応援するということは、疑似子育てのような感覚かもしれませんね。いかにして一人立ち出来るようにさせていくか。
「育てる」という人間の本能に語りかけているのかもしれません。

No title

文才というものはこういった文を書く人を言うのですね・・
バブルの話とアイドルを絡ませて書くとは・・素晴らしいです。

何度も頷きながら読みました

NMB研究生のプリクラを皮切りに、魔法の解けた女の子たちが続出していますね。とても残念です。

「可愛い子が恋人一ついないなんておかしい。それを純真無垢と妄信している方が異常だ」

そんな風に言う人もいますが、私は違うと思います。
可愛いけれど、わき目もふらず夢に向かって一生懸命!
そんな姿が健気で思わず応援する(おカネを落とす)のです。

可愛い子が当たり前に、年頃なりの楽しみも満喫し、でもアイドルになりたい!
そんな欲張りさんには、おカネを落とす価値がないと思うのです。

もしかしたら、表には出てこないけれど、過去に彼氏がいた女の子もいるかもしれません。
でも、そういう過去があるかないかより、それを感じさせるかさせないかのほうが大切に思えるのです。(もちろん、清純に越したことはありませんが)
つまり、「あの子に限って、そんなことあるわけないじゃん。真面目だし、一生懸命だし」
と信じさせる力があれば、それでOKだと、私は思うのです。

厳しい言い方かもしれませんが、謹慎を経たところで
一度、泥のついた人形は商品価値を感じられません。

そして、そんな人形を、「きれいに洗いなおしたからね」と言って
また店頭に並べる店は、てんで信用ができないのです。
他の、汚れていない商品まで、「もしかしたら。。」と勘ぐってしまいます。

最近つくづく思うのですが、最初の欠陥商品を見つけた時
素早く対処すれば、ここまで波及しなかったのではないでしょうか。

小さな儲けに執着すると、本当に大切な商売の本質を見失います。
やはり、どんな商売も、「お客様第一」でないと、続きませんね。

って、見当はずれなコメントで申し訳ありません。

でも、AKB,SKE,(NMBはちょっと微妙)を、私はずっと信じて応援したいです。

No title

>rioyukikazsさま

誰でも成長したいと思っていると同時に、誰かを成長させたいとも思っている。
前者は変身願望のようなものですし、後者はおっしゃる通り育児や教育に近い感覚なのかもしれませんね。
自分が成長していくのを実感するのはとても嬉しいものですし、
他人の成長にかかわるのも非常に快感です。
「成長」には人間の本質的な快楽があるように思います。

>座布団さま

ほめすぎです笑
もっとまとまった文章を書けるように精進します。
バブルというか、貨幣がとてもアイドルに近いものだと思うのです。

>きなこさま

宝塚歌劇団やディズニーランドなどはもっと徹底してますが、
AKBもやはりファンに夢を売る仕事だという側面があると思います。
夢を売るからには、ファンにもちゃんと魔法をかけてあげなければいけません。
途中で魔法が解ければ、それは怒りに変わってしまいます。
しかし一方で完全な「虚構」と断定しないところにアイドルの魅力があるのかもしれませんね。
アイドルとはいつでも真実と虚構の合間にいるような存在だと思います。

No title

私の、学生時代のアイドルとは、手の届かない世界の人でした。
まさしく『虚像』だったわけです。
その、届きそうで届かない距離がしっかりと有り、向こうへは行けません
でした。だから、山口百恵は伝説になったのです。
今は、その距離が近くなり、ファンの中には飛び越える人も出てきました。
アイドル側も、ファンに近づいてきています。
秋元氏は、インタビューなどで、『ぜったいに、ファンの心に刺さると
思っていました』と言っていましたが、刺さり過ぎてオーバーラン
している状態です。
東北の震災を引き合いに出すと不謹慎ですが、『想定外』とか
秋元氏に言ってほしくないですね。

Re: No title

>テイトギャラリーさま

たしかにアイドルとファンとの「距離」というのは、
非常に考察に値するテーマですし、
AKBの抱えるメリットでもあり大きな問題であることは事実だと思います。
ただ、最近ぼくが考えますのは、
握手会なので一時的に「近く」なることで、
その距離はよりいっそう「遠く」なっているようにも思うのです。
握手会だけ見てますとアイドルとファンの距離は非常に近くなっている気がしますが、
まるで長距離恋愛のようなもので、
数ヶ月に一度だけ極度に接近することで、
それ以外の時間がとても遠く、長く感じることもあります。
そういったい意味ではかつてのアイドルよりも、
ファンにとってはより「遠い」存在になっているともいえるのではないでしょうか。
本来あるべき「距離感」を狂わせることで親身になるともいえるし、
なれなれしくなってしまうファンも出てきてしまっているように思います。
プロフィール

ちょんつん

Author:ちょんつん
Evangeline07をフォローしましょう

カテゴリ
最新コメント
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。