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アイドルの「近さ」を巡る論考

アイドルの「近さ」を巡る論考


アイドルは「近く」なったといわれる。本当にそうだろうか。
確かに握手会や新興アイドル/地方アイドルの乱立によって、物理的にアイドルとファンの距離は近くなった。握手会をはじめとする「接触」は文字通りアイドルとファンが手の皮膚を接したゼロ距離を意味するし、小規模のライブハウスはステージまでの距離が極端に近い。最近では積極的にアイドルが客席にダイブし神輿のように担ぐと聞いている。これ以上距離が縮まれば、もはやゼロがマイナスになってしまうのではないか。これは性的な意味ではない。たしかにこうしてみるとアイドルとファンの距離は「近く」なったかに見える。しかし、それだけをもってアイドルの近接性が増したとはいえない。

映画からテレビへと娯楽の場が移行していくなかで、テレビは視聴者に3つの錯覚を与えた。空間、時間、一対一幻想である。1920年代に映画とラジオが広く普及し、さらにテレビメディアが登場すると、こうしたメディアが人々の心に引き起こした反応はマクニールがいうように「ふだん人々が面とむかって接触するときのそれと似たもの」であった。つまり、遠く離れた場所で録音された映像をあたかも至近距離にいるかのように錯覚し、それがリアルタイムであるかのように感じられる。さらに視聴者がテレビに対するとき、それがブロードキャストであり数万人もの人々がが同時視聴していることを忘れ、自分と一対一で対面しているかのように錯覚する。テレビの登場は人類にかつてない新鮮な体験を与えたのである。国民が豊かになり、テレビが爆発的に普及し、やがて各部屋にテレビが一台ずつ置かれ、さらにVHSの普及によっていつでも好きなときに動画が再生できるようになると、こうした錯覚は強化された。「消費の時代」とよばれた80年代の日本がそうである。
テレビのなかで毎日お茶の間に現れる人々は、こうして視聴者にとって限りなく「近い」ものになった。アイドルとは何よりもこの「近さ」を感じさせる存在である。マスメディアでありながら、視聴者にかつてない「近さ」を錯覚させる。(「アイドル領域」の記事のなかに80年代のアイドルはすでに充分すぎるほど「近い」存在であったことを書いているものがあった。手元に資料がないので、日本にもどってから引用しよう)

テレビメディアによって視聴者にもたらされる錯覚を一言で表すなら「親近感」である。頻繁にメディアに登場し、笑いを誘うような仕草や、プライベートな会話によって、こうした親近感が育まれる。そして市川考一の言うように、アイドルとはなによりも「親近感」をもたらす存在だった。しかし、前述したように、この親近感は「錯覚」なのである。なぜか?
当然ながらテレビに出ている芸能人に対し、我々は紛れもない他人であり、この両者の間には埋まらない溝がある。しかしあたかも今、目の前に、自分だけのために出現しているかのような錯覚を引き起こす。そのため、道端で偶然出会った芸能人に対して、一般人があたかも親しい友人のようになれなれしく接するという悲劇が起こる。しかし芸能人にとって、視聴者は赤の他人である。メディアによってのみアイドルに接しているかぎり、こうした現実は露見することなく、こちらがわの一方的な親近感によってすべてが多い尽くされる。毎週楽しみに聴いているラジオのようなもので、そこには安定した関係が築かれている。メディアがブログやメールに変化しても同様である。物理的には一緒に暮らす親兄弟のほうがはるかに「近い」が、赤の他人であるアイドルに対してより「近さ」を感じてしまう。毎日テレビ、ラジオ、ブログ、モバメによってファンに情報を送り続ける彼女たちは、ファンにこの「近さ」という錯覚をもたらす。この親近感がアイドルのひとつの大きな特徴である。

こうした「親近感」が不意にゆらぐ瞬間がある。それはまさに「親近感」という錯覚が露呈する瞬間において、つまりファンがアイドルに物理的に「近づく」瞬間である。皮肉なことに、物理的にアイドルに「近づく」ことによって、それまで抱いていた一方的な親近感が動揺し、「遠さ」を意識することがある。かつてのテレビアイドルがファンと適度な距離を保ち、こうした錯覚を意識させない「近い」存在であったならば、現代アイドルは物理的な近さによって現実世界の「遠さ」を自覚させる。

この意味において、アイドルとは近づくほど「遠く」なり、離れるほど「近く」なるという厄介な存在であるといえる。

現代アイドルに象徴的な握手会は、ファンにとってアイドルとの間の「距離」を意識させる場である。自分が彼女たちの情報を一方的に所有し、数ヶ月から数年、毎日のように接し続けているのに対し、彼女たちにとって自分は完全に赤の他人である。さらに自分よりも親密にアイドルと接するファンとの比較によって、こうした「距離」はより一層明確に知覚される。また、前述したように、ファンによっては自分の錯覚にすら気づかず、あたかも顔見知りのクラスメイトに接するかのように初対面のアイドルに非礼な行動をとってしまうことがある(握手会でよく報告される)。また、それまでメディアで一方的に抱いていた親近感やイメージが、現実に彼女と対面することで打ち崩される。
握手会やライブの意義は、メディアにおける「親近感」という「錯覚」をうまく解消し、現実のそれとうまく結びつける場を提供することにあり、実際にアイドルと対面するなかで、メディアでの錯覚を微調整していく。個人的な過去の体験で恐縮だが、かつてももクロDVDなどで盛り上がっていた自分が、実際のライブに参戦することで彼女たちとの言いようのない距離を感じ、また他のファンとの距離も同時に感じ、自分もまた多くのファンの1人にすぎないのだと実感し、やはり家でDVDを見るだけで充分だなという気持ちになった。これもまライブという物理的な「近さ」のなかで心理的な「遠さ」を自覚してしまった一例だろう(ちなみに著者はモノノフではない)。
いわゆるアイドルが「売れ」て、テレビで見ない日はない、という段階にまで達すると、こうした「親近感」という錯覚が常態化して、いわゆる「人気者」になる。ただ著者のようにテレビを持たない/まったく見ない人間にとっては、彼女たちは遠く離れてしまった存在である。いわゆる在宅オタとよばれる人々、ファンでありながらライブや握手会にほとんど興味を示さない人々は、アイドルとの距離をとることによって精神的な「近さ」を保っているように見える。

現代のアイドルはネットの普及によって、従来のようにマスメディアに頼る必要がない。地下アイドル、地方アイドルなど、マスメディアへの露出が少ないアイドルにとって、毎日視聴者の眼にふれることで親近感を抱いてもらうことは不可能である。しかし、多くの新興アイドルがUSTREAMなどによる動画配信、ファンの携帯電話に直接アイドルからメールが配信されるサービス(もちろん有料の一斉送信メールであるが、一日に数回、まるで友人にメールするような口調でメッセージや写真を送ってくる)、個人ブログ、Twitterなどを活用して情報を発信している。もはやテレビや雑誌といった旧来メディアを介することなく、しかも旧来メディアよりもはるかに頻繁かつ親密にファンにメッセージを送ることで、親近感という錯覚を与え続けることができる。たとえこうして得られた親近感が錯覚だとしても、互いに顔見知りになり、会話する中で知己の間柄になったとすれば、その親密感はもはやただの錯覚として切り捨てることは難しくなる。(ここにはアイドルとファンという特殊な関係性の中でだけ成立する「親密さ」というもうひとつの重大な「錯覚」が潜んでいる。これはまた考察する)。いずれにしても、小規模アイドルにおいては、メディアによって抱いた親密性という錯覚を現実の場で、まさに現場において、リアルなものへ折り合いをつけていく。

アイドルがやがて現場を離れマスメディアで活躍するようになる。ファンによっては、失われた物理的な「近さ」を、他のアイドル現場によって回復するか、そのままマスメディアが提供する「近さ」という錯覚へと回帰していく。しかし多くの場合には、現実の距離感を把握してしまったあとで偽りの近さへと戻ることは難しく、他の現場へと回遊していく事例が多いのではないか。錯覚は気づいてしまえばもはや錯覚ではない。

さいごに。メディアの発達によって、人々は地理的に離れながらコミュニケーションを取れるようになったかに見えたが、現実には反対に、メディアが発達するほど人々が物理的にコミュニケーションをとる必要性が増えているという皮肉を、エドワード・グレイザーは都市における近接性を例に挙げて論じている。つまり現在までのところ、いくらネットメディアが優れているとはいえ、実際に一対一でコミュニケーションすることのメリットは大きいということだ。メディアによってアイドルを知れば、彼女たちと物理的に近づきたい、ライブや握手会に行ってみたいと思うのは道理であるし、現場に赴くことではるかに多くの情報を知ることができる。しかし、たとえば自分の好んでいたアイドルの方向性が変わり、多くのファンがつき、大規模コンサートを挙行し、物理的にも心理的にも「遠く」く感じるようになれば、やがてそのアイドルから離れ、居心地のよい距離をもとめてさまよう。こうしてファンは距離に遊ぶのである。


市川考一 『人気者の社会心理学』学陽書房 2002
ウィリアム・H・マクニール 『世界史』 中公文庫 2008 p340
エドワード・グレイザー『都市は人類最高の発明である』 エヌティティ出版 2012
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【レポ】AKBドキュメンタリー映画の感想。

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『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』感想

いまさらですが映画の感想を少し。
新宿バルト9にて二回目です。

前回は寒竹ゆり監督。
ドキュメント要素はそれほど多くはなかったが、
特定のメンバーごとにシチュエーションを変え、
なによりも彼女たちを魅力的な「女の子」として描くことに成功していた。
歴史にのこるエンディングには「少女たちよ」の軽快なリズムとともに、
レッスン、食事、そしてぐったりと眠り込む様子が明け透けに映し出され、
生命力に満ちた心地よい作品に仕上がっていた。
オタからの評価はまずまずであったが、
監督の我を出すこともなく、
メンバーの魅力を充分に引き出していたと思う。

今回はAKBのPVでおなじみの高橋英樹監督。
前回との比較をしてみると、
まず、メンバーが女の子として魅力的には映し出されていない。
やけに神神しく輝いていた板野も、
豚足をがっつきながら自分の将来について語る前回のほうがずっと魅力的だ。

2011年最大の事件ということで、
3月11日の東日本大震災がAKB48の活動にも大きな影響を与えている。
被災した12期生岩田から始まり、随所に被災地支援活動の様子が映し出され、
エンディングには岩田の手紙朗読で終わる。
前回よりも高橋英樹という監督の色がかなり濃厚にでていたような印象をもった。
サブタイトル「少女たちは傷つきながら夢を見る」とあるように、
全体を通して「傷つく」彼女たちの姿が淡々と描かれていく。
震災でひとりの少女が深く傷つき、
総選挙で大島優子がが傷つき泣きじゃくり、
舞台袖で高城が傷つき大きな不安に襲われ、
西武コンサートではメンバーたちが傷つき倒れ、
謹慎するチームメイトのために他のメンバーが傷つき動揺する。
前回のかわいらしいトーンとは打って変わって、
全体的に暗く重苦しいBGMが重なる。
観ているだけで息が苦しくなるようなシーンが連続する。
2011年のAKB48を象徴するかのような悲壮感が溢れている。

しかし、
そんな彼女たちが実際に被災地を訪れ、
震災で傷ついた人々に笑顔を与え、癒そうとする。
大島も語っていたように、
これまでメンバーが個々の夢を追いかける場所だったAKB48が、
いつのまにか傷ついた人々に希望を与え日本を元気にする存在に変わったことを、
笑顔になって口ずさむ子どもたちを見て実感できた。
震災によってメンバーのAKB48に対する感情にも大きな変化があったのだろう。

震災に始まり、総選挙の舞台裏、西武ドームコンサート、チーム4の混乱など、
息の詰まるようなシーンが続く中で、
北原のとぼけた話や、被災地のファンたちの笑顔、じゃんけん大会3位決定戦と、
小休止のように明るい話題が挟まる。
全体的にシリアスで重苦しい基調のドキュメントだったが、
エンディング曲『first rabbit』の力強く明るい曲調が、
すべてのエピソードを回収して傷ついた彼女たちを心から祝福しているように見えた。

個人的には前回のほうが好みですが、
非常に興味深いドキュメンタリーになっていました。
ファン間で評価の高い『51のリアル』は計685分(11時間25分)と大長編ドキュメントだったわけで、
AKB48の濃密な1年間をたった2時間の映画に編集できるはずもなく、
監督はさぞや頭を悩ませたことでしょう。
寒竹監督は特定のメンバーごとにシーンを分けてましたが、
今回は主要なエピソードごとに4つほどのブロックをつくり、
大震災と岩田華怜というひとりのヒロインを軸にドキュメントを構成しています。
AKB48が映画という古色蒼然たる旧来メディアには適さない、
まったく新しいコンテンツなのだということを実感するとともに、
高橋英樹監督というひとりの作り手が切り取ったAKB48を見ることが出来ます。

とまれ、
少し辛口かもしれませんが映画の感想を細かく書いてみたいと思います。


「戸賀崎さんサプライズ」
チーム研究生による『僕の太陽』リバイバル公演の舞台裏、
サプライズの準備を進めるタキシード姿の戸賀崎さんから、
ステージ登場、チーム4発足宣言にいたるまで、
フルで見せるという演出。
臨場感があってとてもよかったです。
2011年のほとんど唯一と言っていいサプライズ。
こういうサプライズがAKBを応援する醍醐味だと実感します。

「西武ドーム舞台裏」
ファンであればあるほど、
このシーンを見て怒りを覚えた人のほうが多いんじゃないでしょうか。
出る場所もわからず舞台裏でオロオロするメンバーたち。
ちょくちょくブログにも書いてますが、
大きなホールでライブをすることの楽しさや感謝の気持ちは微塵もなく、
ただ必死さだけが伝わってきます。
こちらのほうがドキュメンタリー映像には向いているのかもしれませんが、
コンサートに足を運ぶファンは、
メンバーたちが心からライブを楽しんでいる姿を見たいのであって、
忙しいテレビ出演の合間を縫ってコンサートを「開催してくれている」姿を見たいわけではない。
柏木の「やりきった」というコメントは、
実はメンバーたちが勝手に「消耗した」だけで、
西武ドームのファンには伝わっていなかったと思います。
SSAでは周到に準備をして、
メンバーもファンも楽しい本当のコンサートにしてもらいたいところです。
タイトルにGoogle+を絡めてきたということで、
ソーシャルメディアを利用した画期的なコンサートにしてくれることを期待します。

「峯岸みなみ」
被災地で女の子に花束を貰うエピソード。
あの時ステージから降りてあの子を抱きしめてあげれば良かったと言って涙する彼女の姿は、
最近の「テレビの芸能人」としての彼女とは違った、
心優しい一面が垣間見えたようで暖かい気持ちになりました。

「島田と大場」
メンバーの不祥事が次々と露呈した悪夢のような2011年の夏。
大場謹慎をどう描くかは監督の裁量に任されるが、
いささか大場にとって辛く編集されているのは否めない。
「あそこで私がふんばっていれば…」と素っ頓狂な発言をしたり、
どことなくヘラヘラしている大場が滑稽に描かれている一方で、
キャプテン不在チーム4を代行として必死に引っ張りながら、
ひとり悩み苦しむ島田がとても好意的に映し出されている。
最後の被災地の大場の必要性もよくわからず、
何も知らない一般人が見たらまぬけに見えてしまうかもしれない。
個人的には、
大場は研究生時代から高く評価していたし、
チーム4のキャプテンとして大場を強く推していた。
あんな事件があってからは、
むしろ島田を新キャプテンとしたほうがうまく回ると思っていたが、
大場のリハビリ期間を経てチーム4が成長してくれることを願うしかない。
彼女にとっては辛い試練の日々が続く。
このドキュメントが大場の回復を妨げなければいいのだが…。

「AKB48は誰のものか?」
結局、AKB48は初期メンの物語なのだ、という感想。
あとから入ってくるメンバーは脇役にしかならない。
わかりきったことだけれど。
レコ大でAKBの第一章は終わった感がある。

「レコ大」
渋谷駅前の電光掲示板に「レコード大賞はAKB48の『フライングゲット』」の文字。
ありきたりな演出だったが、そのチープさが良かった。

「ふざけたTシャツ」
大場謹慎のあたりでチーム4メンバーたちのレッスン着。
シリアスな場面でのふざけたTシャツに若干腹が立つ。特に竹内。

「米平騒動」
このドキュメント映画と並走するような形で発展し収束していった一事件。
映画よりもはるかにAKBの「裏側」を垣間見たというのはまったく皮肉な話で、
ネット上の写真流出から辞退発表、全握での涙のコメント、最後の握手会と、
おなじみのメンバーがわずか数日でAKBから去っていった。
奇妙なことに事件の当事者であった二人は、
ドキュメント本編にはまったくと言っていいほど映っていない。
AKBの主役たちが華々しく活躍する一方で、
脇役にされたメンバーたちがせっせと事件をこしらえる。
それもまたAKBのユニークな一面なのかと思った。
大場謹慎についての高橋の同情コメントがひどく虚しく聞こえた。

「板野」
澄まし顔で「つらいことには慣れてますから」と言ってのける板野。
知れば知るほど魅力を増すとは、まさに彼女のことだろう。
精神的なたくましさを身に着けつつあると感じた。
メンバーの中でも評価の高いうちのひとり。


以上。


【コラム】君が許すまで殴るのをやめない。

http://nmb48.com/fukkitouhyou/

NMB48運営の発表。
謹慎中の島田、松田両名が「復帰のためのレッスンに入っていいかどうか」を、
ファンの投票によって決めようというもの。
復帰投票は過半数を超えるまで何度でも行うということ。

今年いっぱいの謹慎を公言していたのだから、
その通り来年から復帰してくればいいと思うのだが。
「そろそろレッスンをはじめていいでしょうか?」
なんて、わざわざファンに問う必要はない。

どうして謹慎したのか、その理由も明白にされていないのだから、
彼女たちの復帰をファンの意思にゆだねるのは間違っている。
本人たちが復帰したいならさっさと復帰させて、
そのあとで人気が上がるか下がるかは本人たちの努力次第なのだから、
こんなところまでファンに「投票」させることはない。

これはまるで公開処刑のようで、
「あなたたちが許すまでこの子たちを殴り続けます」と言っているようなものだ。
メンバーの処遇についてファンが責任を持つのは大いに結構だが、
NMBは「ファンが育てるアイドル」というのを根本的に履き違えているような気がする。

メンバーに対してファンが「責任」を持つというのは、
「彼女たちの成長を積極的に気にかける」ということなのだ。
責任とは誰かから強制されるものではなく、
ファンの能動的な「気づかい」や「配慮」のなかから生まれてくるものだ。
メンバーのことを人として尊敬しているからこそ、責任が生まれてくる。
責任が生まれるからこそ、もっと彼女たちの挙動に関わろうと思う。
それは彼女たちが頑張っているのを知っているからであって、
ファンは誰から言われるわけでもなく責任を感じるようになる。

尊敬に値しないメンバーに対して、
「この子の責任をとってください」とファンにお願いするのは、
やはり本質的にまちがっていると思うのだ。
復帰賛成が過半数をいつまでも超えなかったらどうするつもりなのだろう?
ファンも「自主的謹慎」ということで納得したのだから、
ほとんど関心をなくした事例にいまさら責任をとる必要はない。


ちなにみタイトルの本ネタ「きみが泣くまで殴るのを止めない」は第一部ジョジョの科白です。

【コラム】アイドルの祭典

〔アイドル横丁祭〕
11月26日に渋谷公会堂で開催されたアイドル横丁祭の感想です。

セットリスト

前半

愛乙女★DOLL「流れ星」「LOVE&PEACE」
B♭「NO:ID」「Life Goes On」
YGA「YGAの歌」「情熱ヒロイン」「電撃少女」「10Stars」
バニラビーンズ「ニコラ」「ベイビーポータブルロック」「東京は夜の七時」「エルスカディ」
pre-dia「ハニーB」「HEY BOY」「Do the party」「きみみたいに」
iDol Streetストリート生「絶対!Love Magic」(west)「ときめき色の風とキミ」(west)「キラ・ピュア・POWER!」(east)「キラキラ☆ホリデー」(east)
アフィリア・サーガ・イースト「Dearセンパイ♡」」「LaLaLaラボリューション」「残酷な天使のテーゼ」「ワタシLOVEなオトメ」「飛行実習」

後半

B♭とiDol Streetストリート生のコラボ「みらくるが止まンない!」「冬の桜」
LinQ「ハジメマシテ」「チャイムが終われば」「きもち(remix ver)」「カロリーなんて」
Dorocthy Little Happy「デモサヨナラ」「ソウル17」「見ていてエンジェル」「Winter blossum~冬の桜~」「HAPPY DAYS!」
東京女子流「ヒマワリと星屑」「鼓動の秘密」「limited adiction」「liar」「おんなじキモチ」「W.M.A.D」
ぱすぽ☆「Let it Go」「夏色ダッシュ」「ウハエ!」「キス=スキ」「Pretty Lie」「マテリアルGirl」「少女飛行」「LA LA LOVE TRAIN~恋の片道切符~」

B♭は初見だったがダンスの質が高い。

スパガの楽曲ということもありストリート生あたりから会場がヒートアップ。
司会進行の山本真凛(まりんこ)が好印象。

アフィリアはネコミミやメガネ、アニメ声など昨今のアイドルグループの中では異色だが、
今回のイベントの中では相対的にインパクトが弱かった。
それだけ他のグループの質が高いということ。

前評判も非常に高かったLinQが躍動。
4曲と少なかったがメリハリのあるセットリスト。
ステージを教室に見立てた「チャイムが終われば」は最後に眠っている生徒を起こす演出が新鮮。
ゆったりとしたダンスナンバー「きもち」から「カロリーなんて」への流れがとても良い。
公称140センチの高木悠未が目を引く。

ドロシー
「スキよー」「おれもー」
の掛け声が衝撃的だった「デモサヨナラ」
http://www.youtube.com/watch?v=BwFjKPxtxQE&feature=related

東京女子流
今回いちばんよかった。
高いダンスパフォーマンスと5人の美しいフォーメーション。
楽曲があまり自分の好みでなかった東京女子流だったが、
2階席で座っているファンを立たせて、
いっしょに踊るように促すなど、盛り上げ方をよく知っている。
「おんなじキモチ」では、すぐに覚えられる簡単な振り付けで会場がひとつに盛り上がる。
1000人以上いる一階席のファンがいっせいに動く姿が圧巻だった。
「Lair」の腰づかいが秀逸。

ぱすぽ☆
駒場祭から駆けつけたぱすぽ☆
自己紹介をはさんで7曲連続。
すごく盛り上がる。


ほとんどのグループが初見だったが、とても楽しめた。
あらためて日本のアイドル界のレベルの高さを実感。
この中ではやはり東京女子流が頭一つ抜けている印象。
B♭、ドロシーは掘り出し物。
LinQは強いインパクトを残したと思う。

99%が成人男性で、現場系のオタがたくさん来ていた。
「アーティスト-観客」という二項対立ではなくて、
双方がひとつに解け合った「祝祭」こそがアイドルの本質なのだと、あらためて気づかされた。
観客が歌手に「楽しませてもらう」のではなく、
叫んだり踊ったりして「みんな一緒にお祭りを楽しむ」のがアイドル文化の基本。

すばらしいイベントだったので、
ぜひ第二回も開催してもらいたい。

【コラム】AKBメンバーと結婚について。

週間朝日(2010/10/15~2011/4/15)

毎週メンバーの華やかなウエディングドレス姿が掲載されていた、
25週にわたる週刊朝日の特別企画。
珍しくメンバーたちが自身の結婚観について語っている。

前田敦子
「結婚はしないって言うコもいるけど、ひとりは寂しいと思います!女性は、ただ長く付き合っているだけじゃ不安が残る。私は『ずっと側にいようね』っていう約束をしたい」
「(結婚相手にしたい男性)毎日帰ってきてくれる人……ですかね。いつも側にいてくれるのが大事で暖かいことだと思うので……」

篠田麻里子
「結婚式はしてみたいけど……結婚は大変そう(笑い)男性とずっと一緒にいたら仕事ができなくなりそうなので、まだまだ願望はありません」

宮澤佐江
「甘いだけの結婚生活って好きじゃない。私はむしろ相手とケンカして成長していきたい。二人の中で通じ合えていれば、ラブラブじゃなくてもいいと思うんです」

峯岸みなみ
「将来、子どもは欲しいです。でも、旦那さんには、子どもよりも私をずっと好きでいてほしいな。それが結婚の“条件”ですかね(笑い)」
「夜は19時には帰宅して、朝は6時に起きられる男性じゃないと。パートナーが不規則な生活では家庭はうまくいかないと思う」

高城亜樹
「(結婚相手は)心が広い人がいいです。細かいことは気にせず、私にアキレ返らない人(笑い)子供が自慢できる、若くてキレイなお母さんに憧れます」

倉持明日香
「21歳で結婚したかったけど、AKBに入ったとき『これは無理だ』と思って、延ばしたんです。23歳に。……でもあと2年だから、これも無理すね(笑い)」
AKB48では珍しく「結婚願望が強い」と語る倉持明日香さん。彼女は、父親が元プロ野球選手の倉持明氏であることでも知られる。そんな父親を中心とした幸せな家庭像が、結婚願望を強くしているという。

佐藤亜美菜
「結婚式は、森の庭にあって、周りには大きな切り株やキノコが生えてて、鹿やリスが覗きにくるような協会でやりたい!未来の旦那さんは大変だとおもいます(笑い)」

河西智美
「絶対に専業主婦になりたいんです。子どもが小学校を卒業するまでは、ずっと家にいたい。いつ帰ってきてもお母さんがいる家庭のほうが、子どもは活発になれると思うから」
河西さんの母親は美容師だった。帰りが遅い日が多く、寂しい思いもした。だからこそ、自分の子どもにはずっとそばにいてあげたいと願う。
「子どもの友達が私の料理を『美味しい』って食べてくれて、また友達を連れてくる……そんな、人があつまる家にしたい。祖母に煮物とかを習ったので料理も得意です。かわいい料理も覚えたいんですけどね(笑い)」

北原里英
「3歳離れた娘と息子がいて、愛知県に庭付き一軒家があるんです。で、旦那さんと息子は庭でキャッチボールをしていて、私はお昼ご飯を作って、『できたよ~』って言うと、『もうちょっと~』って息子が言うんだけど、『冷めちゃうよ~』って返すとバーッと走ってくる。娘はしっかり者で、すごく絵が上手で――」
以下5分、逞しい想像が続く……。地元、愛知県への愛着は人一倍強い。
「嫁入り道具の桐箪笥があって、祖母が言うんです。『これだけは絶対に受け継いでいくのよ!』って」

多田愛佳
「(理想の男性は)私のアニメおたくを理解してくれる人がいい。でも、相手もアニメ好きで、テレビ見て隣で盛り上がったりしたら……何かイヤかも(笑い)」
だが、その発言の真意を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「旦那さんを一番好きでいたいですから。アニメは本気じゃないです」

柏木由紀
「私はまだ家事が苦手なので、相手は育児も楽しんでくれる"イクメン"が理想です」
「子どもは女の子が欲しい!アイドルになってほしいから」

佐藤すみれ
「私は趣味が合う男性がいい(中略)でも、結婚はまだまだ先。いまはAKBで人気を上げる努力をしなきゃ」

板野友美
「結婚は30歳までにできれば……。相手は普通の考えを持っている人ならいいです(笑い)」
現代的なルックスとは対照的に、料理好きの一面も持つ。料理上手の母に習い、レパートリーを増やしているという。
「ホワイトシチュー、ラザニアくらいならパパっと作れるようになりました。将来は、旦那さんに料理で尽くしてあげたいですね」

松井珠理奈
「将来は結婚もしたいです。結婚することで『この人と一緒にいてもいいんだ』っていう安心感を得られると思うので」

松井玲奈
たとえばもし結婚したとしても、子どもを育てられるか不安だ、と語る。
「だったら、少しのお金でも施設に寄付したほうがいいかなって。そうしたら、何人もの子どもが救われて幸せになれると考えているので」

宮崎美穂
「今の若いコは結婚や離婚を蚊来る考えすぎ。私は離婚するくらいなら、結婚はしたくないです。子どもには英会話と体が柔らかくなるスポーツをさせたい。私がまさに、その二つの大切さを実感しているから」

仁藤萌乃
「結婚式は、ウエディングドレスが着られれば、盛大じゃなくていいんです。そのぶん、後々のお金を貯めるほうが大事だし、友達もあまりいないですから(笑い)」
「祖父を亡くしてから、私は『人のために生きたい』って思うようになりました。旦那さんや子ども、愛する人たちに尽くして、その人たちを守る人生を歩みたいんです」

仲川晴香
「パパとママは、船の上で結婚式を挙げたみたいなので、私も豪華な船で式をしたいです!好きな男性は、家族を大事にしてくれる人。土曜日はバーベキューの日、とか決めて、家族みんなでワイワイしたい」
ということは、未来の家庭も子だくさんの大家族だったりして。
「いやいや、5人もいたら毎日疲れますよ~(笑い)。2人くらいが現実的だと思います」

横山由衣
結婚相手はメンバーの北原里英さんのような人が理想です。女性ですけど(笑い)。しゃべらなくても一緒にいて心地よくて、サバサバした性格のひとには相性がいいみたいです」

秋元才加
「今は、限界って思えるところまで仕事をしたい。正直、結婚とか、子どもとか考えたこともないです。もし子どもがいたら、気になって、それこそ仕事が手につかないから」
「家事も料理も全部やってくれて、自分だけを好きになってくれて、毎日、『好きだよ』って言ってくれて、私がキレても『オレが悪かった』って言ってくれる人がいれば……結婚するかもしれないです(笑い)」


『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』
本編、特別映像からの抜粋。

上述の篠田、秋元のように「今は仕事に生きたい」ときっぱり言い切る子もいれば、
将来の結婚生活を夢見る河西のようなメンバーもいる。

「結婚するならいきなりするタイプだと思いますね。でもやっぱ普通に、田舎とかで、なにもないとこで、畑仕事とかしながら、旦那さんとかも待ってたいタイプですけどね。なんか、わりと手が込んだこととかしたいです。なんか、あの、紙おむつとかじゃなくて布おむつとで赤ちゃん育てたいとか、ちょっとそういうの思っちゃうタイプです。えへへへ。わたしちゃんと料理もできるし、ほんとにこれファンの人信じてくれないんですけど(笑)、わたしほんとに、ほんとに料理できるんですよ。あたしほんとに普通に料理できるんですよ。でも、ほんと信じてもらえないんですよ。残念です」(特典映像:河西)

AKB48として「がむしゃらに夢を追いかける」その一方で、
メンバーたちが意外にも冷静に自分たちの将来について考えているのが新鮮だ。
結婚して家庭に入るという、
男性にはできない「女の子としての」選択肢をきちんと念頭に置いている。

「専業主婦になる自信はなくて、なんかこう、なんだかんだいって自分もやっていたいなって思うんだろうな」(特典映像:前田)

と漠然に思い描いている前田。

「もし引退するなら、わたしは山口百恵さんのように戻ってきません。ぜったい戻ってきたくないですね。いっかい引いて戻りたくない。夢を追っている以上は、そこで失速はしたくないし、自分がもういいって思えるまで突っ走りたいですね」(本編:高橋)

山口百恵を引き合いに出す高橋は、
結婚が「夢の終わり」であることを暗に匂わせている。

メンバーたちが手探りで、
結婚という選択肢も含めながら、
将来を切り開いていく姿にはとても好感がもてる。

さて、意外な結婚観を見せているのが板野だ。

「10年後は…29か、可愛いままでいたいです。あはは。若いままがいいな。30歳までには結婚して、31、2、3くらいまでには子供ほしいな。夫婦円満な家庭を築きたいです。刺激的な恋愛はあんまりしたくないです。もう仕事が刺激的なんで大丈夫です(笑)」(本編)
「もし結婚したら、家のことちゃんとやりたいです。掃除とか洗濯とか、料理つくったりとか。でも仕事つづけながら家庭入るのって難しいと思うんですよ。ちゃんと子供産むなら、ちゃんと育てたいです。だって毎日お母さんいなかったら寂しくないですか?わたしちっちゃいときずっとママがいてくれたから、やっぱりなんか、そいうふうに、そばにいてあげることが子供のためだと思うから」(特典映像)

板野のこうした「意外な一面」が、毎回とても印象を良くしている。

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